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愛と勇気と缶ビール

ふしぎとぼくらはなにをしたらよいか

うみねこのなく頃に散 〜End of the Golden Witch〜 あるいは春の祭典 あるいはテクストの快楽

うみねこプレイしましたよっと。


しかしアレだ、うみねこといえば、多重世界とかメタミステリ?とかメタファンタジー?とかホンマにメタメタで、メタなものに目がない俺はもうメタメタなのだが、


今回のも面白かったねえ。


縁寿を嫁認定してしまった俺としてはep4に軍配を挙げざるを得ないのだが、まあアレだ。江戸っ子は一々批評家ぶって文句をつけるなんてえことはしねえのさ。ただただ作品を楽しむ。楽しんだなら文句は言わねえ。



ま、実はメタミステリ云々もどうでもよくってさ。

例えばひぐらしには、本格ミステリじゃないとか、トンデモ病原菌が出てくるとか、なぜか高校生の女の子がやたらに強くて特殊部隊の隊長と互角に渡り合ったりとか、ツッコミを入れようと思えば入れれる場所はいくらでもあるわけだけどさ。

そんなとこ突っ込んでも仕方がないわけ。


ひぐらしとかうみねこの面白さってのは、その複雑なプロットや斬新な手法?にも結構依ってるところがあるんだけど、結局一番すごいのは作者である竜騎士07さんの持ってる「読ませる力」以外の何者でもないのね。

読ませる力、っていうのは小説の場合は「次のページを読みたいと思わせる力」であり、「この物語の結末を知りたい」って思わせる力のことね。うみねこはノベルゲーだから基本的には小説と同じなんだけども、まあ年二回のコミケで次回作を順次発表していくわけだから「次のエピソードを読みたい」と思わせる力もあるね。


どれだけ深遠な思想が語られていても、どれだけ登場人物の心理描写が素晴らしくても、どんな斬新で実験的な手法が盛り込まれていても、結局「次のページをめくって読みたい」と思わせる力がない小説はクソなのよ。クソ。クソ以下。

この「読ませる力」っていうのには当然文章の読みやすさとか、言葉の精度とかも関わってくるんだけども、竜騎士07氏の場合はやっぱり話の中に「盛り上がり」を作る能力でしょうか。

竜騎士07氏は、この「読んでる人を盛り上がらせる能力」が半端ないのね。もう全ての謎も、新登場のキャラクターも、盛り上がりを作るためだけにあるんじゃないかってぐらいに。複雑なプロットも、推理合戦も、キャラクターの心理描写も、もう全てがエンターテイメント。こっちを楽しませてくれる。

ホントの小説の方面では、海堂尊さんがやっぱり面白い。もうかぶりつくように読んじゃう。読ませる力がある。


別にどっちか片方があればいいってもんじゃないけど。小説だって結局はエンターテイメントなんだから、内容だけ深遠でもしょうがないよ、ってことです。

今はどうか知らないけどね、昔は内容の深遠さと真面目さだけが小説の身上で、文章本来の面白さというものが軽蔑された時代があったノサ。だから坂口安吾というエラい人がエッセイで怒った。「日本の小説家には戯作者根性が足りない」ってね。


戯作者根性。すなわちエンターテイメント精神。


竜騎士07氏は、今世紀最大の戯作者なのです。にぱ〜☆