愛と勇気と缶ビール

ふしぎとぼくらはなにをしたらよいか

紙の本のこと

電子書籍がああだこうだ、紙の本はああだこうだ、みたいな議論は既に聞き飽きているので、繰り返さない。巷に溢れる話は既にここに書かれたものとして読み進めて頂く。

僕自身は電子書籍で本を読むこともあれば、紙の本を買うこともあり、本を読むにはどちらかでなければならないという風には思っていない。

ただ、親の本棚にある文庫本をふと手に取るとか、あるいは祖父母の家にあった全集を堀り出してくるとか、そういった「偶然の出会い」というものがやっぱり電子書籍にはない。それで、将来生まれるかもしれない子供が偶然手に取る機会を作るために、今後買う本で残したいものは紙の本にしても良いのではないかと思った。多少、かさばることになっても。

偶然の出会いといえば、奥さんの母はあまり固い本を読まない人だったが、奥さんが家を出るにあたって残していった本を徐々に読むようになり、「海と毒薬」が気に入って最近は遠藤周作を読んでいるらしく、「沈黙」を読んで映画も見に行きたいとのこと。

本の機能はあくまで内容を伝えることだが、こうして人の手を渡っていき何かを目覚めさせるはたらきを忘れてしまうと片手落ちになってしまう。

その昔は応接間に読まないでも文学全集を並べておくのが習いだったらしいが、そうした一見無駄ともみえる本も、後から誰かが持ち出して何かの糧になることはいくらもあったのではないか。現に、父方の実家にあった全集を掘り出してきてスタンダールの「赤と黒」などを読んだような記憶が僕にもある。

あるいは、電子書籍でもこうした偶然の出会いを演出するような機能がいずれは開発されるかもしれない。が、そうした発想が出てくるような世の中でもなさそうだ。