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愛と勇気と缶ビール

ふしぎとぼくらはなにをしたらよいか

「つぶやきながら考える」

昔から、といってもそれほど昔のことは知らないのだが、日本のインターネッツには個人的などうでもいいことを「チラシの裏」と呼び、そんなモンをいちいちWebに載っけるんじゃない、という風習があった。


でまあ、極端に言うと、Twitterというサービスは、いろんな人のチラシの裏がパッチワークになったようなサービスである。(ここで俺は、自分が必ずしもTwitterマンセーマンセーではない、という印象を読者に与えようとしている)


Twitterには各人各様の使い方があり、「こういうものだ」と一概には言えない。それに加えて様々な場所でご歴々が意見を開陳していることもあろうので、一般的にTwitterがどういうものかという話はここでは割愛させて頂く。



今回書きたいのは、「つぶやきながら考える」ことに他ならぬ。


Twitterは今までに様々な場所で取り上げられているが、Twitterの使い方の一つとしてあまり話題に上らないのがこの「Twitterでつぶやきながら何事かを考える」という使い方である。


つぶやきながら考える、とはどういうことかと申すと、要は、自分がいま頭で考えていることを、考えながらTwitterに投稿していく。


俺の場合は職業柄、といっても現在の職業が学生なので何とも恰好の付かない次第だが、プログラミング等をしながら「あーこの○○はこうしたら動くのか」「○○には○○を使えばうまくいくのか?」とつぶやいていたり、はてまた抽象的なことがらについて「俺はこう考えているけど、一般的にはどうなんだろう?」とか、「○○という考え方でいくとこうなるかー」とかいった内容を適当に垂れ流している。


「そんなもん、いちいち投稿せずに自分ひとりで考えてりゃいいじゃないか」という意見もあるだろう。もっともな話である。


多分、こういった内容をTwitterに垂れ流す人はもともと頭の中に「言語ストリーム」が流れていて、Twitterに投稿していない場合でも、頭の中でつぶやきながら考える癖があるのではないかと思う。例えば俺がそうだ。


こういう脳内思考を自分の脳内に止めておかずにTwitterに流すことに何の意味があるか。一つには、「自分の個人的な思考であっても、誰かが何らかの反応を返してくれるかもしれない」という可能性が生まれる。これはまあ、「質問したら誰かが教えてくれるかも」みたいな形で「Twitterを始めるメリット」としてどこにでも書いてある話である。


もう一つは、自分の考えたことがどこかの誰かに人知れず影響を与えることだ。といっても、これは文字通り「人知れず」なので定量的に測定することができない。


例えば、僕のフォローしている人の中に@nagano_haruさんという人があって(ここで一人称が「俺」から「僕」になっているが全く気にしないのである)、その人も「つぶやきながら考える」ということをよくしている。その人のつぶやき思考の内容は主にフェミニズムやジェンダーに関することが多いのだが、僕はいつもそういったつぶやきを見る度に「ああ、こういう考え方があるのだ」といつも考えさせられている。


明らかに僕の思考は@nagano_haruさんのつぶやきから影響を受けているのだが、その結果がReplyやReTweetやFavoriteとして、つまり計測可能な「データ」としてWebに表れることはない。これが「人知れず影響を与える」と表現したゆえんである。




こうしたことは、「その思想に影響を受けた」といういささか大げさなレベルから、「誰かがあるテレビ番組を実況していたのでチャンネルを回した」「誰かがおいしそうなものを食べていたからお腹空いたぞ!バカヤロウ!」というレベルまで、Twitterのありとあらゆる所で起こっているはずだ。しかし、それはあくまでReplyやReTweetという目に見えるカタチにはならず、「人知れず」のレベルに留まる。


しかし、こういった「ReplyやReTweetという形でのコミュニケーションは行われないが、人知れず誰かが誰かに影響を与えている」というシンクロナイゼーション・ネットワークの巨大さが、「リアルタイムウェブ」と呼ばれるTwitterの本質なのではないか、と僕は思っている。「コミュニケーションなきシンクロ」がTwitterでは可能で、「コミュニケーション=シンクロ」であった旧来のサービスと異なるのはまさにその一点なのではないだろうか。




そうして話は「チラシの裏」に戻る。


本来ならばチラシの裏に行ってしまったはずのあなたの言葉が、どこかの誰かに、人知れず、影響を与えているかもしれない。


それだけでもTwitterを使う価値はある。




そして、誰にどんな影響を与えているかは、自分でも知ることができない。


そう考えただけで、楽しくなるじゃないですか。




だから、


お前のチラシの裏も、見せやがれー!





(「つぶやきながら考える」というメイン・テーマはどこへ行ったのだろうか?)